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正気に戻ったら負け

人の願いの力~『遙かなる時空の中で7』五月ルート感想~

 『遙かなる時空の中で』キャラクター感想第二弾、天野五月編です。五月ルートの暴走っぷりや彼の突飛な行動を理解したくてあれこれこねくり回してたら、ルート感想というよりキャラクター掘り下げ文みたいになっちゃった。今回は五月ルートに加えて幸村ルートのネタバレもあります。

五月の二面性

 毎回恒例のトリップ現代人、主人公のお兄ちゃん。現代人が身内なのは『遙か4』や『遙か5』を思い出しますね。大和の雰囲気も那岐に似ています。シリーズファンはニッコリ。
 星の一族、ゴーストバスター、戦国オタクと重要なステータスが揃った優秀な異世界ナビゲーターです。一緒にトリップする側なのにそんなチートでいいのか。

 性格は穏やかで朗らか、押しが弱くてちょっと情けないところもあるシスコンお兄さん。ぽやっとした顔がデフォルトという、今までの青龍にはいないキャラクターですよね。
 今作は見た目通りの性格に見せかけて実際は真逆の性質を持っているキャラクターが結構いますが(阿国とか)五月もこのタイプです。柔軟なようで強情、集団行動優先かと思えば自分勝手。宗矩に「ちゃんと情報共有してください」とか言ってたけどお前が言うな大賞だよ。
 本人は無自覚ですが自己完結型の人間です。「周りに言う必要がない」「自分一人でできる」と判断したことは誰にも相談せず実行しちゃいます。ついでに大切な人に何かあると視野が狭くなりがちです。こういうところは豊臣家を想いすぎてカピタンに嵌められかけた三成とソックリですね。五月は似てないって言うけど正直お前ら双子メッチャ似てるからな。

 彼にとって何より大切なものは七緒であり、「七緒が人間として幸せになること」が何よりの願いです。基本的に善人ですが七緒のためなら手を汚すことも躊躇いません。八葉に身代わり札配るシーンと術者のおじさんをボコボコにするイベントを見て私はテンション上がりました。いいぞいいぞ!!そういう男は大好きだ!!!
 彼がなんかこうめんどくさい性格になったのは、双子の兄への複雑な感情と「妹」になった七緒の存在が影響しているんだと思います。

狭間の苦しみ

 五月は天野家の双子の弟として生まれました。二卵性故か性格も能力も(表面上は)似ていない兄弟です。三鶴は天才タイプ、五月は秀才タイプだったんでしょうね。
 幼い頃から優秀だった三鶴は思ったことを隠さず表に出してしまう性格で、弟への態度も例外ではなかったようです。幼少期に家族から与えられる言葉や態度の影響は良くも悪くも残るもの。五月の異様に強い劣等感は、ずっと隣にいた片割れとの能力差とその悪気ない言葉から生まれたんでしょう。

 そんな五月はある日、「兄が目の前で時空の狭間に飲まれて消える」という強烈な体験をします。8歳の子供には酷な出来事です。
 優秀で孤高、決して仲が良いとは言えない兄。そう思っていた片割れは弟を庇って一人姿を消しました。この時になって初めて五月は兄から愛されていたことに気付きます。兄から嫌われていると思い込み、羨望と嫉妬を向けていた彼はさぞかし大きな罪悪感を抱いたでしょう。
 それだけでもかなりしんどいのに、残された五月は「兄」という立場を課せられることになりました。

 三鶴と入れ違いにこの世界へやってきた少女、なお。天野家は彼女を「七緒」と名付け、「天野家の長女であり五月の妹」という仮初の記憶を植え付けます。星の一族パワー何でもありだな???
 今まで甘ったれな「弟」だった五月は、皮肉にも自分の代わりに消えた片割れと同じ「兄」という立場にスイッチしました。まるでいなくなった三鶴の穴を埋めるかのように。
 星の一族の能力は三鶴に敵わない。兄としての振る舞い方だってわからない。それでもいなくなったのは三鶴で、残されたのは自分です。五月に逃げ場などなく、目の前には守るべき神子であり「妹」である七緒がいます。
 五月は優秀な片割れへの憧れと嫉妬と罪悪感を募らせながら、自分を兄の代打だと思い込むようになったようです。今時いねーよってくらいコテコテのお兄ちゃんキャラしてたのは、三鶴を意識して無理に背伸びしてたからだったんですね。
 追いつけない兄と守るべき妹の間で劣等感を募らせ、自分自身の価値を見失った五月は、歪な自己認識を抱えたまま兄のいる世界へ辿り着きます。「もうすぐ頼れる魔法使いが仲間になるから、それまでは『偽物』のお兄ちゃんで我慢してくれ」なんて台詞が飛び出した時はハァ!!!!?????ブン殴るぞ!!!!!!と思いましたが、それまでの五月の心情を考えると拳を降ろさざるをえないんですよね……。
 五月はあの日消えた兄に自分の立場を譲り渡すことで、兄への罪悪感や七緒への不甲斐なさを昇華しようとしていたんでしょうね。板挟みの苦しみから逃れるために。

魔法の呪文

 突然降ってきた「兄」という役割ですが、五月は星の一族としてではなく家族として心から七緒を慈しんでいたようです。星の一族でありながら白龍の神子としての運命を遮ろうとしてしまうほどに、五月は何者でもない七緒を愛していました。
 その愛情を注がれて育った七緒が、兄に対して同じ愛情を持っていないわけがないんですよね。うだうだと超絶後ろ向きなことを言い出した兄に、七緒は容赦なく喝を入れます。「私の『本物のお兄ちゃん』は、ずっと一緒に頑張っていくと決めているのは五月だ」と。誰かの代わりなんかじゃない、他でもない五月自身だと。
 五月は「偽物」「兄の代わり」と自らを言霊で呪いながら、本当は心の奥底で七緒に自分を選んでほしいと渇望していました。七緒の言葉は五月の呪いを解く魔法の呪文だったんでしょう。
 五月は兄への後ろめたさを昇華し、ようやく自分自身の価値を認めることができました。これからは兄の背中を追うのではなく、背伸びして妹の前を歩くのでもなく、七緒の隣に並んで歩いていく。五月が七緒を対等な一人の人間として、一人の女の子として見るようになったのはこの辺からじゃないかと思います。

 七緒の言葉で色々ふっ切れた五月は、なんと共通ルート四章で「兄じゃなくて天野五月個人としてお前の隣にいたい」とか言い出します。はえーよ。初見の時は「あれほど兄を主張してきたのにそんな軽やかに捨てちゃう!!!???」と爆笑しましたし、一瞬個別ルート入ったかと思って滅茶苦茶焦りました。
 最近まで血の繋がった兄だと思ってた上に、ついこの間『私のお兄ちゃん』と宣言したばかりの七緒からすれば、五月のこの発言はあまりに唐突で「何言ってんだコイツ」って感じです。しかしこうして五月の感情をなぞってみると、兄を辞めたい気持ちはわからなくもないです。
 五月にとって「兄」という言葉は、家族の構成員というより「三鶴の代わり」「背負うべき責任」といった意味を持っていたのかもしれません。あの宣言は「与えられた役割ではなく、ただの天野五月として七緒に向き合いたい、支えたい」という意思表示だったんでしょう。それにしてもやっぱり個別ルートに入るまで待てなかったんか……とは思いますが。

 これ以降の五月は七緒をバリバリ一人の女の子として扱います。超こそばゆい。兄妹だったのに今更間接キスとか恥ずかしくなっちゃうの可愛いな~~~~~~!!!!!
 そして同時に「異常に喉が渇く七緒」とかいう不穏要素をブチ込んできます。あやめが話したのは「たつこ姫伝説」という伝承みたいですね。七緒の正体は四神の反応とかで薄々察してはいましたが……。

エゴという名の愛

 個別ルートに入ってから、五月は七緒が龍になってしまう夢を見るようになります。『遙か3』の譲くんを思い出しますね。星の一族はいつも辛い……。
 小さな白龍に出会って自分の夢が予知夢だったことを確信した五月は、死に物狂いで七緒が龍神にならない道を模索し始めました。
 五月にとって七緒は大事な女の子です。ずっと一緒に頑張っていくと約束もしました。今更手放せる存在ではありませんし、いずれ人の身と自我を捨てて天に帰るなんて冗談じゃありません。

 五月は何も語らずに七緒の龍神の力の使用を禁止し、怨霊を調伏し、他の八葉すら置いてけぼりにしてワンマンプレイに走ります。自己完結という悪癖と隠れた軍才と術士としての能力がいい感じに合わさってしまったんでしょう。五月の優秀さをこんな形で実感しとうなかった……。
 七緒が遠隔浄化できると知った五月は、挙句の果てに一芝居打って七緒を現代に置き去りにしやがります。七緒は五月を殴っても許されると思う。大和はビンタできるのになんで五月はビンタできないんですか???????

 この辺の五月の暴走、いやもうお前お前お前~~~~~~!!!!!!ってキレ散らかしながらずっとプレイしてて、五月ルートへのもやもやした気持ちは最近まで残っていました。でも幸村ルートをクリアしてから改めて五月ルートを見たら、これが五月の愛し方なんだなってストンと納得してしまったんですよね。
 五月は本来思慮深くて優しい人間です。五月以外の八葉のルートでは、相手を想う七緒の気持ちを尊重していました。七緒が幸せになるならと、今生の別れになっても手を放してくれるんですよ。幸村ルートだって龍神になることに猛反対しましたが、それでも最後には身を切られる思いで二人の決断を受け入れました。それが二人が選んだ幸せだったから。
 でも五月ルートの彼は違います。誰かの代わりではない、ただの「天野五月」という存在を七緒に認めてもらった五月は、自分の欲望をどうしても捨てられなくなった。今まで一緒に生きてきた人としての七緒を失いたくない。何のしがらみもない平和な人生を生きてほしい。たとえ七緒が悲しむことをしてでも。

 五月は七緒の意志を無視し続けたこと、七緒を騙したことを詰られても「間違ったことをしたとは思わない」「好きなだけ責めてくれていい」と言い放ちます。「今ここで謝るのは自分が楽になりたいがためのエゴだ」とも。彼は自分の行動を「お前のためにしたことだ」「わかってくれ」とは絶対に言わないんですよね。責任転嫁をしない。全部自分の勝手な判断だと自覚した上で、その選択の責任を背負おうとします。批判も甘んじて受け入れるつもりでいる。鋼の意志です。
 五月は七緒を閉じ込めている間に織田家の軍配者になっていました。穏やかで、平和主義で、スルーできる諍いにすら顔を突っ込んで仲裁していた五月が、「仲間とその大切な人みんなが笑える未来があればいいのに」なんて底抜けに優しい願いを口にした五月が、人を殺す戦に参加しているんですよ。七緒を守るそのためだけに。
 五月の恐ろしいところは、この行動がただの勢いによるものではないということです。自分のエゴがどれほどの人の運命を変えるのか理解した上で、歴史の大局、数多の人の命すら背負う気でいます。「誰に何を言われようと、何だってやってやる」。その宣言通りに。

 五月の愛はどこまでも一方的で、時には相手の心さえ傷つけるものです。言ってしまえば独り善がりで自己満足です。幸村のような相手の心を何より尊重する愛に比べたら、決して綺麗なものではありません。正直もっとやり方あるやろがいと私も思います。
 でもたった一人の大切な人のためにがむしゃらに、必死に、恥も外聞もかなぐり捨てて行動するその姿こそが人間の愛だなぁと思うんですよね。どうしようもなく勝手で、どうしようもなく不完全で、どうしようもなく愛おしい。五月の愛は祈りの形をしています。
 結果的に、五月のその祈りこそが七緒をこの世に繋ぎとめる縁になりました。

運命を変える力

 五月の努力も虚しく、七緒は龍神の力を使って天に帰ってしまいました。でも五月は七緒のことを諦めません。ここで諦められるような生っちょろい愛情ではないのです。もはや執念です。
 「魔法の呪文を探しているんだ。龍になって空に昇った女の子を取り戻す呪文を」という言葉にはじんわり来ました。この世界に来たばかりの頃「頼りになる魔法使い」を探していた五月はもういないんですよね。七緒の唱えた魔法の呪文が、五月を七緒だけの魔法使いにしてくれた。今度は五月が七緒に魔法の呪文を唱える番です。

 五月は文字通り「神を引きずり下ろす」真言を見つけて白龍を召喚します。人としての記憶が消えかけていた白龍は、五月が渡した「手作りのお守り」と五月が呼ぶ「七緒」という名前によって人の身を取り戻しました。ここで「言霊」が活きてくるの、ニクいな~~~~!!!!!
 五月が渡したお守りには神様のご利益なんてありません。ただ五月の「戻ってこい」という願いが込められていただけ。お守りと言霊、どちらも神様の力なんて籠ってないんです。人としての七緒を取り戻したのは人間の願いの力だったんですね。
 ここの流れはよく考えると滅茶苦茶面白いです。よりによって「神社の息子で」「普段から神力バンバン使ってて」「龍神の神子に仕える星の一族の」五月が神様の都合なんざ知らねぇ!!!!つって神様を無理やり引きずり降ろして人間にしちゃうんですよ。最高にロック。神をも恐れぬ五月のエゴ、すさまじいですね。

 「また龍神になるのが怖い」と本音を吐露する七緒に、五月は「お前の名前を呼ぶよ、何度だってこの地に呼び戻すよ」と約束します。二人はようやく「一緒に人として生きたい」という思いを共有できました。長かったね……。
 ここの指輪渡すシーンの三番目の選択肢の七緒、ハチャメチャ可愛いくないですか???小悪魔の才能あるよ七緒。頑張れ五月。

 関ヶ原の戦いに赴いた五月は、「石田三成」と名を変えた兄と再会します。いつ会うのかと思ってたら三成が五月のこと避けてたんですね。そりゃ会えなくても仕方ない。
弟を守るために関係を否定し、歴史通り石田三成としての運命を受け入れようとする兄を、五月は七緒と共に掻っ攫います。「お前の思い通りにはさせない、このまま違う名前で死なせてなんかやらないよ」と。つくづく清々しいエゴです。歪みねぇ。
 五月の願いは、石田三成として死ぬはずだった三鶴の運命すらも変えてしまいました。

 かつて自分の願いを押し殺していた少年は、どうしても譲れない願いを力に変えて運命に手を伸ばしました。その願いは死すべき人を生かし、神をも人に変えてしまった。
「流れ星」「言霊」「お守り」と、五月ルートには人が願いをかけるものが随所に散りばめられています。「人の願いの力」が五月ルートのテーマだったんですね。

 余談ですが、三鶴がちゃっかり龍の鱗を数枚拝借していたこと、そして全てが終わった後何の相談もせず勝手に戦国へ帰ったのには爆笑しました。やっぱりお前ら双子は本当にソックリだよ。
 三鶴には五月が三十路になって七緒と子供育ててるくらいのタイミングで帰ってきてほしいですね。五月に「老け込んだな」って言われたことそのまま返してほしい。

 

 五月ルート、こうして振り返ってみると本当に幸村ルートと綺麗に鏡になっているんだなぁと実感しました。自分の願いを諦めていたのも同じ、「七緒」という存在に希望を見出したのも同じ、「七緒」という名前を愛したのも同じ。それでも二人の愛し方は、二人にとっての幸せは対極にあるんですね。七緒が人として生きなければ五月の幸せは叶わないし、七緒と一緒に人としての生を終えなければ幸村の幸せは叶わなかった。
 いや今作の青龍すっっげぇな。基本的に仲良しなのに価値観の断絶が滅茶苦茶深い。幸村ルートで五月は幸村に食ってかかってましたが、五月ルートの幸村も五月に対して色々思うところがあったんだと思います。それを押し付けないところが幸村らしいですね。

 五月ルートは結構好き嫌いが分かれるのかもしれませんが、私は滅茶苦茶好きです。神に近い純粋な愛し方をする幸村も好きですが、五月の人間らしい貪欲な愛し方は嫌いじゃない。一番人間くさいキャラクターかもしれませんね、五月。今作の推しです。
 七緒と末永く幸せに生きてくれ。あとFDで三成ルートください。